一人の青年が合鍵を取り出し慣れた手つきで番号を押し鍵を開ける。そして最後に指紋で…。厳重なロックである。
青年はエレベーターを使用し、最上階へと急ぐ。何故ならば愛しいあの人の為なのだから。
ドアを開けて靴を脱ぎ、勿論きちんと揃えて。向かった先は突き当たりにあるリビング。
一人暮らしにしては少々大きいであろう家。1LDKもある。高級と言う事もあり一部屋一部屋はかなりの大きさである。二人で住んでも然程小さく感じないだろう。否、二人で住んでもまだ大きいであろう。
青年…菊丸英二の愛しの人は土日出勤も多量である。その為滅多の休みもあまり取れずたまにこうして夕飯を作りにやって来るのだ。
勿論無断ではない。きちんと了承は取っている。
先程買って来た食材をテーブルに置き、さぁ夕飯の準備開始と言わんばかりの勢いで鞄からエプロンを取り出し、準備完了、調理スタートとキッチンに立ち下ごしらえを始める。


並べ終わり、後は帰りを待つだけとなった。お風呂の準備も万全である。見事主婦の鏡とでも言おうか?
一息入れようとソファに座り、腑と昔を思い出す。愛しの『彼』と出逢って、仲間に囲まれて過した学生時代を。
今でもたまに連絡は取り合っているものの、今彼らはどうしているのだろうかと考える。









「ふぅじッ!」

「ん?どうしたの英二。」

高校生活も後数日となったある日の事である。この日は春一番で暖かく気持ちのいい日だった。
中学生来の親友、不二周助とは高校生活でも三年間クラスが一緒で既に腐れ縁と思わざる得ず、又、この頃から恋人だった『彼』とは一度も同じクラスになった事がない。それを少し残念とも思うが仕方のない事なのだ、と諦め今に至る。

「へへっ…今日が何の日だか知ってる?」

嬉しそうな英二の声が響く。その声に不二は、全く―残念だよね。と心で呟く。

「知ってるよ。手塚と付き合い始めた日でしょ?惚気るのはいい加減にする。」

ポンと軽くノートで英二の頭を叩く。それに可愛らしくも頭を抑えて、何すんだよー…と所謂上目使いと言う奴で見てくる。その行為にも溜息を漏らしつつもいつもの笑顔を崩さない。

「英二…その顔、あんまりしちゃダメだよ?襲われちゃうからね?」

笑顔ながらに言う言葉は色々な意味で普通に言われるよりも危険度を増して心に刻まれる。そう、先程から言う彼、とは高等部でも会長を務めていた手塚国光である。
感情表現豊かな英二と、堅物の手塚が一緒に居る所を見て違和感を感じないのが不思議である。否、あの、堅物の手塚の表情すら和らいでいるのだ。英二の前だけで見せる稀な笑顔。英二はその笑顔が手塚の表情で一番好きらしい。
其れを言っても皆同意などしてくれない。何故ならば皆が皆手塚の笑顔など今一度も見たことがないからである。
英二の前だけで向けられる笑顔だけに希少価値が高い。その希少価値の高さを英二はわかっていない所が英二らしい。不二もそれくらい愛されてるんだから、と自分が動こうとはしない。もし、手塚が英二に相応しくないと思ったら即行で動きを見せるであろう不二。
此れほど程までに英二を想っているのに、鈍感というか…天然と言うかの英二は全くと言っていい程にわかっていない。其処が又いいのだが。

「でね、相談なんだけどさ…。」

言い難そうに口を開き不二を見つめる。

「相談?」

不二は滅多に相談など持ち掛けない英二に首を傾げる。

「んっとね……俺、手塚にね、何か上げたいんだけど…何がいいと思う?」

そうきたか…と一瞬頭を抱え込む。英二から貰ったものなら何でも嬉しいと感じる手塚であろうに…と。しかし、何を上げてもいいんじゃない?と言ってもそれで納得してくれるはずのない英二。此処は何と応えるべきだろうかと考えてみる。

「いっその事、英二あげれば?」

冗談気に言ったつもりだったのだが、今の英二に冗談は通じないらしくその事を真剣に考え始める。その姿に今更冗談などと言えず不二は笑顔の表情のまま黙り込んだ。

「ぅうん…有り難うッ!不二!参考になったよ!!」

と笑顔でその場を駆け出した。少し自分に後悔する。そう、相談してきたのが英二だったって所を忘れてはいけなかった。

「はぁ…全く…手塚、本当に英二を泣かしたり、傷つけたりしたら僕が奪うからね。」

冷たく一人残った部屋で呟き荷造りし始める。中1の時は自分が一番だった筈なのに、と思い出しながら。もう、英二の中の一番は自分ではない。…皆から信頼が置かれる人物、手塚国光という人物なのだ。と自分に言い聞かせるように。









「ぅう〜…にゃんか緊張するよー…」

不二に言われた通りに自分を上げようと心に決めたのだが、やはり緊張はするのだ。手塚の家の前で思わずうろうろ歩き回ってしまう。
その姿は可愛いものなのであるが、ブツブツ何かを呟きながらの為異様なオーラが漂っている。

「…菊丸…何をやってるんだ?」

帰ってきた手塚が自分の家の前をうろうろしている人物に声を掛ける。その声に英二はピタリと動きを止めてゆっくりと顔を上げる。
目の前に居る人物に思わず声を失い目を逸らす。

「手塚……家の中じゃないの?」

「今日は色々あってな…。で、どうした?」

手塚の言葉に思わず「ぇ?」と返してしまった。この記念すべき日に「どうした?」はないだろう。
その表情に手塚は小さく笑みを浮かべた。

「冗談だ。そんな表情をするな。ちゃんとわかっている。」

英二はッホと安堵の表情を浮かべるが、先程の表情は阿呆な顔だったに違いない。手塚に促され英二はやっと手塚家へと足を踏み入れる。
もう歩くのがやっとの状態に胸がドキドキする。手塚と居るだけで英二はいつもドキドキするのだ。
もう付き合って3年だと言うのに―…
手塚の家にはこの時間誰も居ない。両親祖父共に多忙だからである。だから尚更ドキドキする。
何を考えているのかは既にわからないが、知らぬ間に手塚の部屋まで来ていた。

「手塚…あのねっ…その…」

英二の反応を見て小さく溜息を漏らす。

「菊丸、無理はするな。不二から話は聞いた。」
「ぇっ!?でも……俺、あげる。俺いつも手塚に迷惑かけてばっかりだから…ね?」

英二の一言に口を開き何かを言おうとしたが止め英二に目をやった。

「抑えが利かないぞ?」
「いいよ。だって、手塚だもん!手塚の事ね、とっても好きだから…いいの。じゃなきゃ俺だってこんな事言わない。」

キッパリと言い放ち真剣な眼差しで手塚を見る。手塚もその表情にッフと表情を緩めて英二の頭を撫でた。
その後自然な進みで英二の肌を露にして行った。手塚も抑えが利かず、又英二も快楽に溺れ始めた。



手塚は英二の指にシルバーの指輪をはめて手の甲にキスを落とした。

「…て、づか?」
「これで、離れていても一緒だろ?」

その時の喜びは今になっても覚えている。手塚の想いが込められたシルバーのリングを受け取った日のことを…











「……じ…きろ…英二、起きろ。風邪を引く。」
「…んっ…国光…おかえりなさい…ってッ!!俺、寝ちゃったのッ?」
「あぁ、随分と気持ちよさそうに寝ていたぞ?」

小さくクスクス笑いながら英二の頭を撫でてやる。

「俺ね、夢見たんだ…。この、リングを貰った日のさ。あの時ね、ホント涙出るくらい嬉しくて…国光が困った顔してさ、必死に弁解しようとしてたんだよね。」

思い出しながら話していくうちに夢の続きを思い出す。

手塚と英二が共に過してきた時間は長い時間だけども、英二にも、手塚にも、その長い時間は僅かな時間でしかなかった。否、今もそうであるが。
この先も共に生きて行く上で、この長い時間はどれほどまで僅かな時間であるのか考え始めると思わず悲しくなってしまう。今は、今を生きようと決心したあの日―…

あの日から、俺等の一歩は二歩目を踏み出せたのだ。










更新日:6/21




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